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クスの大木の前にたたずむ

[第12回] 釜沼へ

健脚ぞろい 速いペース

三郡山頂で小休止。時刻は午後2時30分。健脚ぞろいなので、予想外に速いペースである。女性陣も音をあげるどころか、余裕で冗談を交し合っている。

ほの暗い杉林の中を西側に降りる。山頂からは緩い勾配になっていて、途中からは杉木の階段も出るので、安心して下っていく。

5分ほどで、林道大山線に出る。郡界尾根を東西に走るフラットな林道で、轍(わだち)の跡も残る。

一行は横に広がり、山談義をしながら談笑して歩く。轍はあっても通るクルマはない。平日のハイクなのだ。

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10年11月23日 22,340
若潮国体時代の高体連の標識

[第11回]三郡山へ

遥か西に鋸南の連山

ここからはアップダウンの続く、変化に富む尾根道となる。道の半日陰となった場所に、カンアオイのハート型の葉があった。もう花があるだろうと、地面の落ち葉をよけると、そこに小さく可憐な三角形の花が。地味だが健気、目立たないが美しい、そんな清楚な花である。

尾根を下ると、今度は急な上り。ここにトラロープがあって、登った先に「笹郷山 高宕山 高体連」の手づくり看板がある。昭和48年の若潮国体の山岳コースとなった名残だ。今年の千葉国体の山岳競技は体育館内の人工クライミングだった。野山を駆け巡る山岳競技も37年で姿を変えてしまった。

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10年11月22日 23,196
笹郷山の三角点

[第10回] 尾崎分岐へ

広い岩テラスで弁当に

笹郷山からの下りは急である。標高は低いが、侮ってはいけない。急な下りこそ、転落の危険性がある。ロープはないが、杖を頼りに慎重に降りる。ルート左側にカノコの木があって、樹皮が鹿の子の肌のようにはがれている。このカノコにはセミの抜け殻があって、今年の暑かった夏を物語る。周囲には紅葉の始まった樹があるのに、足元には夏の余韻が残る。

5分ほどで、笹郷山のピークを避ける巻き道と合流する。

途中、大きな岩があっていく手を阻む。左に巻いていくと、やがて大きな岩テラスになる。ここで正午。昼食である。川崎さん「ここで昼になるのがベストなんです」。

広い岩テラスで、弁当を広げる。上空にひっきりなしに飛ぶジェット機の音が気になるが、眺めは最高である。遥か南に郡界尾根が連なり、鋸南・鴨川・富津境の津森山の頂も確認できる。

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10年11月20日 23,012
急な上りの杉林を行く

[第9回]笹郷山へ

唯一の三角点峰越えて

頼朝の故事の真偽は別として、この山中にお茶立場があるというのが楽しい。いわゆる英雄伝説であり、房総各地に頼朝伝説は残る。ここは伝説を楽しむとしよう。

沢筋を登って、荷物の場所へ。ここで川崎さんが「お茶のど飴」を配る。お茶立場にちなんだサービスである。一同がどっと笑いで沸く。

ここから先はまた分岐となる。左へ出ればロマンの森。我らは直登気味にまっすぐ行く道を選ぶ。杉林の中の急な上りである。少々きついが、辛くはない。一歩ずつ歩いて、上を目指す。

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10年11月19日 24,516
難所をロープで降りていく

[第8回]お茶立場へ

難所越えて浮かぶ笑み

標識でにぎやかな分岐点で、小休止。天気予報は晴れだったが、ここで小雨が降り出す。雨具を出すほどの降りではないが、広葉樹に落ちる雨音は大きい。一同「予報は晴れだったのにナ」。

ルートは何度か上っては下る。市境尾根なのでアップダウンを繰り返すが、ずっとコンクリート杭が埋まっていて、心強い道である。

ショパンのピアノのような雨音を聞きながら、ノー雨具で歩く。そのうち止むだろう。何しろ予報は晴れなのだ。細い尾根道を歩くと、樹間から時折、郡界尾根が見える。おお、きょうはあそこまで歩くのだ。心を鼓舞し、南へ歩く。

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10年11月18日 23,246
前回の分岐点まで到達する

[第7回]関東ふれあいの道分岐へ

人気のない南下コースに

さて、続房総分水嶺2日目である。

本ルートは君津市と富津市の市境である尾根を北から南へたどるもので、長い尾根が気持ちのいいコースである。距離的に1日では歩けないため、2日間かけての縦走なのだ。

前回のゴール地点から、山へ入る。初日ののどを潤してくれた、あの赤い自動販売機のある広場にクルマを置き、午前9時半に入山だ。

駐車場近くの県道には、関東ふれあいの道の立派な看板がある。ここはその道の南側登り口だ。

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10年11月17日 22,752
八郎塚入り口まで下る

[第6回]国道410号へ

空の水筒 迎える自販機

高宕山は広義の三角点峰だが、実はこのピーク(標高330b)には三角点はない。二等三角点(点名は「豊英」)は100bほど南側のピークに打たれている。三角点の標高は315・1b。南房総市の高塚山も奥の院が最高地点だが、一等三角点は西側の尾根にある。土地の所有者の関連もあり、宗教上の理由からだろう。

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10年11月16日 22,359
屋根半分が崖に食い込んだ観音堂

[第5回]高宕山頂へ

山頂には大量のブヨ

高宕観音は、高宕山頂の手前にある懸崖を穿って建てられている。内田栄一氏の名著「房総山岳志」(崙書房出版)によれば、行基による天平15年の開基で、自刻の十一面観音が納められている。その後、源頼朝が戦勝祈願し、本懐達成の後、黄金の十一面観音を納めたという。元々、青瀧神社を境内に併設していたが、明治の神仏分離で、青瀧神社は山頂に移された。

この懸崖の名刹は、従って「観音堂=寺」である。

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10年11月15日 22,407
石射太郎山頂近くの石宮

[第4回] 高宕観音へ

高宕観音の入り口に立つ

石射太郎とは、山名としては珍しい部類だろう。標高は258b。三角点はないが、広く山仲間に親しまれている山である。現地にある看板に、その名の由来となった伝説が表示されているので、紹介しよう。

昔、台田久保(でーでっぽ)という巨人が、高宕山北方の高い山の上の大きな石に向かって、鹿野山から強引に矢を射た。すると石は、はるか南方まで射飛ばされた。このとき、鹿野山の台田久保は「石射たろう」といった。これを取って、この山が石射太郎と呼ばれるようになったという。

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10年11月13日 21,792
関東ふれあいの道の標識

[第3回]石射太郎へ

雄大な眺め見て昼食

コンクリート道があって、何軒かの民家がある。ここで「関東ふれあいの道」標識が初めて出る。ゴルフ場の縁を歩いていたころとは大分違う。はっきりとハイキング道であることを示している。分水嶺歩きもようやく一般的なハイクとなるのである。標識は「鹿野山8・3K」「石射太郎2・3K」。この石射太郎を目指し、道を折れる。

コンクリートの上り。振り返ると雄大な鹿野山が見える。大きな平屋の民家を左に見て、土の道を進むと、ここにも石射太郎の標識。民家の下、沢筋を歩いて山へ入る。

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10年11月12日 22,543
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