企画・エッセイ » 記事詳細

私は育った環境が音楽とは無縁のところでしたので、歌と言えば、流行歌くらいしか耳にしていませんでした。青年期以降は、フォークソング歌手の歌を聴くと良いなあー、と思っていましたが、テレビなどでテノールとかソプラノとか言われる歌手の歌を聴いても、なんだかよく分かりませんでした。ずいぶん気取った歌い方をする人たちで、自分とは無縁の世界の人たちだと思っていました。

ところが最近、テノール歌手とかソプラノ歌手と言われる人たちのコンサートへ行く機会を得ましたので、初めて鑑賞してきました。伴奏も室内楽団の人たちで、流行歌手が歌うときの伴奏者とは大きく異なるものだと、初めて気づきました。

テノール歌手は佐野成宏さんで、ソプラノ歌手は北野智子さんでした。いずれも有名な方だそうですが、無知な私は初めて耳にするお名前でした。舟木一夫や西郷輝彦とは異なる種類の歌手でした。

歌を聴いてびっくりしました。赤とんぼ、朧(おぼろ)月夜、ふるさとなどの、昔から聞いたり歌ったりしていた文部省唱歌とはまったく異なった歌に聞こえました。これらの歌は由紀さおり、安田祥子姉妹が歌っているのを聴いて感動したことはありましたが、今回のように、声楽家に分類される人たちの生のコンサートで聴くのは全くの初体験でした(安田祥子さんは声楽家だったかもしれません)。

正直に感想を言いますと、「こんな良いものだとは知らなかった、もっと早く知っておけばよかったのに」ということです。

でもこれは後悔してもどうなるものでもないし、自分がそういうものと無縁の世界で生まれ育ってきたのだから仕方がない、と思うしかありません。私自身、自分が育ってきた世界を誇りに思っていますから、自分を卑下するつもりもありません。

自分の力で、こういう世界にも参加できるようになったのだと思って胸を張って生きていこうと思います。昔、私の父が、ピアニストになった私の長女の演奏を聴いて、「ほんとうにこの子は宣康の子か?」と妻に尋ねたそうですが、親子でも生きていく世界がまったく異なったものになることはあるものです。

私が受験浪人中であったころ、父が私に「田舎の茶碗屋の息子が、おれは医師になる、などと大言壮語を発すると、世間の人が笑うから、人前で口にするな」と言ったことを覚えていますが、子どもにはやりたいことをやらせておくといろいろな面白い人生が待っていると私は思っています。

私の子孫たちがどんな人生を歩んでいくのか、あと200年くらい生きて観察したいものです。

* * *

加納宣康 昭和24年8月4日、岐阜県生まれ。千葉徳洲会病院長

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

18年3月5日 1,077
Copyright (C) 2007 Bonichi. All Rights Reserved