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「はしか(麻疹)」という言葉は日本人なら誰でも聞いたことのある言葉だと思います。

私も、子ども時代から、落語家が話の中で、「そんなもの、心配ないよ。誰でも一度は経験することだ。はしかみたいなもんだよ」と言っているのを聞いたことがありました。本紙の読者の皆さまも同様の記憶をお持ちだと思います。

昔は、誰かがはしかが流行るときょうだい、近所の子ども、皆が同様の症状を示すので、「うちの子も麻疹だよ」という会話がよく聞かれました。皆、麻疹に感染することにより、自分の力で麻疹ウイルスに対する免疫を獲得していたのでした。私もその1人でした。

しかし、その後、麻疹の予防接種が普及したころから、様相は一変したように思います。麻疹は「誰でも罹(かか)る病気」ではなくなったのです。

国立感染症研究所によると、はしかはウイルス感染後、10〜12日間の潜伏期を経て、発熱やせきなどの症状が出る。ほかに発疹や鼻水、光がまぶしいなどの結膜炎症状なども現れると言います。感染経路は、はしかのウイルスが空気中に漂い、吸い込んだ人間が感染する「空気感染」や、せきやくしゃみで飛び散り、近くの人に感染する「飛沫(ひまつ)感染」などさまざまで、感染力が「最強」と言われ、インフルエンザの10倍程度とされていますから、怖いですね。これだからこそ、昔から「誰でも罹る病気」だったのです。

こんな状態だったので、私の育った田舎では麻疹が恐ろしい病気だという認識が薄かったように記憶しています。しかし最近の報道では、「ウイルスは免疫細胞に感染するため、感染した患者は免疫機能が落ち、約3割が合併症を起こす。肺炎などを合併して死亡することもある。2016年には、途上国の子どもを中心に約9万人が世界で亡くなったとされている」となっていますから、昔の田舎育ちの老人たちは、考え方を根本的に変える必要がでてきたと痛感しています。

これだけ強い感染症ですから、以前は「子どものころにはしかにかかるのは当たり前で、20代になるまでにだいたいの人は感染していたもの」でしたが、1978年以降に進められたワクチンの定期接種のおかげで、個人の感染への抵抗力が高まり、集団での免疫が強化され、感染者は激減しました。麻疹は誰でも経験するものではなくなったのでした。

こうした取り組みのおかげで、日本は2015年にWHO西太平洋地域麻疹排除認証委員会から、「麻疹排除状態」にあると認定されたのでした。昨年もこの排除状態が維持されていると認証されています。

ただ、問題があることも指摘されています。実は定期接種は、2006年以降は2回になりましたが、以前は1回でした。2回に比べ、次第に免疫が弱まることがあるのです。現在、20代後半から40歳ぐらいの世代が「1回世代」です。確実に予防するためには2回の接種が必要だと言われています。一方、50代、60代では患者はかなり少なくなります。

ワクチンを打った人がはしかにかかることもありますが、その場合、症状は軽く、「修飾麻疹」と呼ばれています。はしかは伝染力が強いので、95%の人が免疫を持たないと流行を完全には止められないとのことですが、麻疹のワクチンは安全性も高く、効果も非常に優れていて、どの流行株に対しても高い効果があるといいますから、インフルエンザの場合よりも楽観的な気分になります。

医学、医療の進歩により、多くの感染症が征圧されてきましたが、時々ニュースになるように、思わぬところで微生物たちの逆襲が見られますから、油断はできません。この世からの絶滅宣言がなされている「天然痘」のウイルスを使ったテロが起きないことを祈っております。

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加納宣康 昭和24年8月4日、岐阜県生まれ。千葉徳洲会病院長

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

5月14日20時00分 240
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