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私が子どものころは、家から歩いて行ける範囲内にあるため池で魚を釣ったり、すくったりして遊んでいたものでした。あのころは雨が降ってもため池が決壊した記憶がなかったのですが、最近は全国各所でため池の決壊による災害が報道されています。

昔は池の決壊がなかったと思っているのは、私の思い違いだといけないと思って、先ほど、故郷の友人に電話をして確認しました。やはり私の記憶に間違いはなく、私たちの幼少時にも、成人したあとも、町内にある3つのため池が決壊したことはない、と確認できました。

私の子ども時代は、3つとも土手は土だけでできていて、コンクリートを使用した護岸工事はなされていなかったのですが、成人後、久しぶりに帰省すると、ブルドーザーが入って工事がされていました。その様子を見て、私は興ざめした記憶がありますが、安全のための護岸工事と聞いて、諦めざるをえませんでした。あのころはまだ自然保護という言葉は普及していませんでした。

あの3つの池は私が物心つく前からあったはずですから、昔はブルドーザーを使って護岸工事などしないでも池の土手は持ちこたえていたのでしょう。自然とうまく共存できていたのだと感心します。

もちろん、私と私の友人たちの記憶違い、情報不足で勝手にそう思っているだけの可能性は否定できないことをお断りいたしますが。長年土だけでできていたため池の土手が、近年の豪雨ではいとも簡単に決壊してしまっているように感じますが、どうしたことでしょうか。気候と気象の変化によるものだと言われれば、諦めざるをえませんが、何か私たちは先人たちの知恵に甘えて、これまで自然との共存を図る努力を怠ってきたツケが回ってきたのではないかと恐れを感じています。

農林水産省によりますと、7月の西日本豪雨で32のため池が決壊しました。広島県福山市では決壊による土砂災害で家が流され、3歳の女児が死亡しました。堤防に亀裂が見つかり、付近に避難指示が出た地域もあったといいます。

同省は宅地に比較的近い所にある8万8000のため池を緊急点検し、先日「応急措置が必要」な池が1540か所あったと発表しました。

昔から、自分の土地のため池は大丈夫だったから、これからもこのままいけるだろうと油断することなく、しっかりと自分の目で故郷のため池をチェックする必要が出てきました。

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加納宣康 昭和24年8月4日、岐阜県生まれ。千葉徳洲会病院長

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

10月2日20時00分 457
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