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医学・医療の進歩によって、昔では考えられなかった動きが医療の世界では起こっているのを感じます。

私が医師になって間もないころは、がんで手術した患者さんが妊娠して出産なさることはまず、起こりませんでした。しかし、現在では日常よく目にする光景となりました。

私の思い出に残る患者さんは、胃がんで手術を受けられたときは25歳であった女性Bさんです。

進行がんであったため、術後抗がん剤を服用していただきました。もう30年以上も前のことですから、術後がん化学療法はまだあまり発展していなかったので、私は副作用の軽い抗がん剤を選んで、患者さんと相談しながら抗がん剤の経口投与を続けました。通常は2年も続ければ、休薬になるのですが、その方は、5年間は続けてほしいとおっしゃったので、私にも「必要ないからやめましょう」という勇気もないので、満5年を経過するまで続けました。

ただし、抗がん剤投与中は、妊娠はしないようにしましょうという両者の合意のもとで治療を続けていました。

術後5年を経過したころに私が岐阜から関東へ移ったため、その後は年賀状などで近況報告をする程度の関係で推移いたました。

そんなある日に、うれしいお頼りをいただきました。抗がん剤をやめて5年経ったので、加納先生も許してくださるだろうと思って、妊娠出産をしました。産後、子どもに異常はありませんし、母になった私もこんなに元気です、と言って母児共に元気な写真も送ってくださったのでした。

本当に感激いたしました。副作用の弱いはずの抗がん剤とはいえ、長期的に見て妊娠・出産をお勧めする勇気が私にはまだなかったのでした。

その後も賀状での近況報告は続けていますが、お孫さんも2人生まれ、現在では元気におばあさん業をなさっているようです。

抗がん剤治療が進んで、新知見も抱負にある現在の若い医師たちが聞いたら笑ってしまうような経験だと思いますが、若き日の私の忘れられない、大切な思い出です。

先日、ネットを開いたら、岐阜新聞の記事で「がん患者の出産支援探る 岐阜市で医師ら学術集会」という見出しを発見しました。現在ではがん患者さんの妊娠出産は珍しいことではなくなったのだと痛感いたしました。

記事は以下のように続きます。

「日本がん・生殖医療学会の学術集会が9、10の両日、岐阜市橋本町のじゅうろくプラザで開かれ、医師や看護師、薬剤師ら約200人が、治療後の妊娠、出産を希望する若いがん患者への支援の在り方や課題を考えた。

若年がん患者の支援では、治療で生殖機能を失う恐れがあるため、妊孕(にんよう)性(妊娠する力)を温存する生殖サポートが求められる。

岐阜県では岐阜大を拠点に2013年、がん治療と生殖医療の専門医が全国に先駆けて『県がん・生殖医療ネットワーク』を設立し、治療前のカウンセリング、卵子などの凍結保存を行う。同様のネットワークは25府県に広がったが、地域格差が課題となっている」

がんになっても妊孕性を重んじた治療を選択できる時代になったのは、本当にうれしいことです。この素晴らしい時代に医師として、患者として生きられることに感謝し、これからも勉強を怠ってはいけないと決意をあらたにいたしました。

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加納宣康 昭和24年8月4日、岐阜県生まれ。千葉徳洲会病院長

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

2月18日20時00分 580
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