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房日新聞本社前で戸田さんと加藤さん(右)=館山

美しさに感動の日々 7日に離日

安房高校を卒業後、大学に進み、アルバイトからそのまま商社に就職。インド勤務からブラジルのリオデジャネイロに永住した男性が、50年ぶりに故郷・館山の地を踏んだ。「住めば都」と半世紀の間、望郷の思いもなかったが、現地で結婚した妻と、「日本が見たい」という娘に背中を押され、30時間のフライトの末、日本に降り立った。「館山は素晴らしいところ」という妻子の声に、男性は「日本に来て、本当に良かった」。

館山市館山出身の加藤浩水(ひろみ)さん(83)。同級生には、本紙寄稿でおなじみの戸田孝一さんがいる。

加藤さんは大学生のアルバイトから、そのまま鉄鋼商社「岸本商店」に入社。インド駐在で仕事をしているうち、5年間のブラジル勤務を命じられる。1972年のこと。現地法人をつくるのが目的で、リオ在住後は「もう5年」「あと5年」と勤務が延長された。そのうち「ブラジルに墓を買ったのではないか」ともいわれ、「永住社員のような存在」(加藤さん)となる。

現地では日本無線(JRC)の現地法人社長にもなり、定年後は通訳あっせん・コンサルタントの会社も立ち上げる。部下だったポルトガル系ブラジル人のマリア・オリンピア・マルテンスさんと結婚。長女、カリーナ・ヨシエ・マルテンスさんが生まれる。カリーナさんは現在、リオデジャネイロ連邦大学の経済学部教授職にある。

リオオリンピックの際も「何とかなるさ」の精神で、おおらかに開催にこぎ着けた国民性を見てきて、加藤さん自身は、そのまま帰郷することなく、ブラジルの地に骨をうずめようと考えていた。ところが妻子が「日本には一度も行ったことがない。夫(父)が生まれた館山をぜひ見てみたい」と言い出した。

カリーナさんが1か月の休みが取れたこともあって、思い切って3人そろって機上の人に。米国経由で30時間のフライトの末、4月10日に日本の地を踏んだ。

東京都内を拠点に、大阪、広島などを巡り、館山にも足を延ばした。加藤さんの生家跡、先祖代々の墓にも墓参した。妻子の館山の印象は「街が美しく、清潔。人々は親切で、外国人でも分け隔てなく歓迎してくれる」。50年ぶりの加藤さんは「館山がこんなに美しい街だったとは」と、驚きを隠さない。

妻子は日本をすっかり気に入り、「このまま日本に定住してしまいたい」と、半ば本気で話す。「お父さんだけ、ブラジルに帰って逆単身赴任すればいい」とまで言い切った。

見るもの全てが、驚きの加藤さん。東京では都内在住の安房高同窓生と旧交を温めた。

戸田さんの勧めで、1日に房日新聞本社を訪れた加藤さん。思いの丈を記者にぶつけた。もう少し国内を観光して、7日に離日する予定だ。

【写真説明】房日新聞本社前で戸田さんと加藤さん(右)=館山

5月3日20時00分 772
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