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ぶれずにわが道を歩く佐久間駿さん=館山の自店で

ハンバーグ・詩・真空管アンプ

「51年を目指して頑張る」

世の中に変わらないものがある。流行を追わず、信じた道をひたすら歩く。そういう人生にはやがて「伝統」という冠が付く。館山市北条のレストラン「コンコルド」(電話0470―22―8715)。人呼んで「ハンバーグのコンコルド」。その伝統ある店が、あす5日で開店50周年となる。オーナーシェフは、詩人と真空管アンプの達人という別の顔を持つ。ぶれずに歩いた半世紀。オーナーは「51年を目指して頑張る」と、平常心で新たな節目を迎える。

(忍足利彦)

オーナーは佐久間駿(すすむ)さん(75)。医師だった父親が作家、山本有三の代表作『波』の登場人物から命名した。20歳で料理人の道に入り、都内で修業。「いろいろな料理を学び」(佐久間さん)、やがて洋食店で働く。25歳の時、館山に帰郷する。内房線沿いの土地を買い、借金して現在の店を開いた。東京の洋食店の名をそのままいただき、コンコルドとした。

20代の若者としては、もう少し別の名が良かったが、モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)の持ち歌に「コンコルド」があり、迷わず命名した。館山にはまだファミリーレストランもない時代。地域でもいち早くピザを出したが、時期尚早なのか、客からはお好み焼きと間違われた。進取の気性でいろいろな洋食に挑んだが、最終的にハンバーグに落ち着いた。それから20年間、ハンバーグ一筋だ。「夫婦での切り盛りなので、メニューが多いと食材ロスも多くて」(同)、専門店として定着させた。

ご飯付きで1350円。ソースには「命を賭けている」(同)。シャリアピン、デミグラスと味には定評がある。ご飯も長狭米コシヒカリを農家から仕入れる。「コメがまずいと、ハンバーグもまずいので」(同)。

そんな佐久間さんには詩人の顔も、真空管アンプ製作者の顔もある。安房詩人会に入って40年。小紙にも詩が掲載される。若いころから本の虫で、シャルル・ボードレール、吉本隆明が二大お気に入りだ。

佐久間式アンプ=同

真空管アンプは名人の域に達している。これまで専門書を7冊出版。日本全国、海外まで「佐久間式アンプ」の名がとどろく。小児ぜんそくだった小学生のころ、病気で学校に行けない時期があり、自宅で鉱石ラジオを手づくりした。これが自身の電子工作の嚆矢(こうし)。手づくりラジオで米軍の極東放送(FEN)を聞く。小さなスピーカーから洋楽が流れる。佐久間少年はこの音にしびれた。

雑誌「子供の科学」を購入し、電子工作に没頭する。アンプを自作し、やがて斯界(しかい)の泰斗となる。国内に大勢の真空管アンプの弟子がいて、3日間、ホテルに泊まって店に通うファンもいるほど。

これほどまでに自作アンプに凝るのは「自分の耳で、自分の好きな音楽を、気に入った音で聴きたいから」だ。生演奏よりも再生オーディオの方がいい音がする場合もある。バッハフーガの技法専用の真空管アンプを「50シングルプリメイン」の名でつくったこともある。他は聴かない。バッハフーガの技法専用の機器なのだ。

それほどオーディオにこだわる場合、ジャズやクラシックを聴くと思いがち。佐久間さんは違う。「昭和歌謡が一番」。ちあきなおみや北島三郎を再生し、真空管アンプの音を楽しむ。この世界では少々異端である。「再生のイベントでは、実は一番人気があるのが、昭和歌謡。歌っている意味も分からないまま、曲を聴いても音楽は伝わってこない」と、明快この上ない。

「好きな曲を好きな音で聴きたい一念」でアンプの道を究めた。ハンバーグも詩も同じ考えで一心不乱に歩んできた。「75年の人生に悔いはない」とまっすぐ前を見つめる。

道で会った知人から時折、「まだ(コンコルドを)やってんのか」と問われることがある。店もアンプも詩もまだまだやめない。「51周年を目指す」のである。

【写真説明】ぶれずにわが道を歩く佐久間駿さん=館山の自店で

【写真説明】佐久間式アンプ=同

8月3日20時00分 1,038
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