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冊子を手にするかわな静さん

苦労や戦後の苦しさは省く

戦争体験者からの聞き取りを続け、著書にまとめる活動を続ける、南房総市在住の作家、かわな静さん(83)が、女性を主人公に新しい切り口となる本を出版した。満州(中国東北部)で教員となり、戦後は日本で教員として過ごした実在の女性を取り上げた。これまでの一連の著作は、出征した男性を取り上げ、戦中・戦後の苦労を浮き彫りにしたが、今回は戦後の描写は省いた。「艱難(かんなん)辛苦の男性もいたが、この女性のように満州の上流家庭で普通に過ごした人もいる。そんな歴史を知ってほしい」とかわなさん。

『ハルピン桃山小学校・新京敷島高等女学校に学ぶ インホアとユキ子』のタイトル。館山市内に実在する90代の元教諭に聞き取り、若いころの姿を追った。ユキ子は仮名で、元教諭のかわなさんが退職女教師の会で知り合い、満州で青春を過ごしたユキ子の物語を編んだ。

ユキ子の父は鹿児島県生まれ。昭和2年に警察官となり、「これから発展する」満州で警察官を務める。ユキ子は2歳だったが、家族で大陸へ。船で玄界灘を渡り、汽車に乗って何日もかけて遼陽(りょうよう)市に。

満州での生活は順調だったが、柳条湖事件が起きて、現地はきな臭くなっていく。7年、溥儀(ふぎ)が皇帝になり、満州帝国が成立。日中関係が険悪になる中、父の転勤に伴い、ユキ子はハルピン桃山小学校へ転入する。

そこは音楽にあふれる街で、親友もできる。ピアノのある敷島高等女学校に入学し、教員を目指す。紀元2600年の祝賀(15年)は、新京市の総合運動場であり、ユキ子は栄えある正旗手に選ばれる。

「学校の先生になる」という子どものころからの夢は、大きく育つ。17年、米英とも全面戦争になり、満州からも多くの日本人が出征した。父から「従軍看護婦は戦地に行くから戦死するかもしれない。そんな危険なことはよしなさい」といさめられ、教員を目指す。

旅順の師範学校に合格し、明治神宮で17年にあった国民錬成大会には、満州の関東州代表として出場し、3位になる。19年に師範学校を卒業し、教員になる際、父の「この戦争は終わりに近づいている。日本に戻った方が、安全なんだ」の言葉を断り、満州での教員の道を選ぶ。父は警察官を辞め、いつでも帰国できるように準備していたのだ。

ユキ子は結局、新京の三笠在満国民学校訓導になる。20歳で結婚。「満州で1人では大変だから、結婚して家庭を持ちなさい」との先輩のアドバイスを受けたからだ。

夫となる人は、千葉県の人。父母のいない結婚式を挙げたが、終戦で満州は日本人の自由にならない土地になる。

物語は、ここで終わる。引き揚げの苦労も戦後の生活の苦しさも一切登場しない。ストーリーテラーとしてのかわなさんの深謀遠慮だ。「これまでの戦争体験者からの聞き取りでは、どうしても苦労話が重点となった。そうではなく、満州の地で上流家庭では普通に暮らしていたことを広く知らしめたかった」。

かわなさんのライフワークの一連の著作群だが、女性を主人公にしたのは、これが初めて。千差万別の過去の戦争を違った形で著した。書名の「インホア」は、桜の現地の呼び名。作中でこのインホアが重要な意味を持つ。

本は税込み800円。館山市の宮沢書店で扱っている。

【写真説明】冊子を手にするかわな静さん

9月19日20時00分 659
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