ニュース » 記事詳細
文書を手にする小山琴さん=房日新聞社で

旧日本海軍の重巡洋艦「摩耶(まや)」。川崎造船所の神戸造船所で造船され、レイテ沖海戦(昭和19年10月)で米潜水艦の雷撃を受け、沈没した。太平洋戦争開戦前から第一線に出た重巡洋艦で、この摩耶の設計に関わった技師を義父に持つ、小山琴さん(92)方=館山市南条=には、摩耶に関連する文書が残り、小山家では家宝として今も大切にしている。

ワシントン海軍軍縮条約で制限されている主力艦を補うため、旧海軍は、重巡洋艦の建造に着手する。近代化改装を前に太平洋戦争となり、各地を転戦する。

琴さんの夫・偵造さんの実父・小山健一郎さんは、昭和9年に没した。神戸造船所で設計技師を務め、摩耶の設計にも関わったという。摩耶は神戸の摩耶山にちなんでの命名で、健一郎さんは摩耶と深い関係にあった。

琴さんの実父・鈴木徳松さんは海軍の御用商人。軍に出入りするうち、館山沖に摩耶が寄港した際に、実際に摩耶に試乗している。琴さんも沖合に停泊する摩耶をその目で見ている。

琴さんの自宅にある書は「寂而常照」「本立道生」など。「大正五年参月拾三日 小山健一郎」の名での「記録」文書もある。「前海軍大佐 現第二艦隊司長官 海軍中将 八代六郎閣下 出呉市観海橋於 書 賜記ス」などの文字も確認できる。

八代六郎は、明治から大正期の日本の海軍軍人で、最終階級は海軍大将。詳しいことは不明だが、健一郎さんが八代六郎と何らかの関わりがあり、この文書を残したらしい。

琴さんは、自宅に残るこうした文書を大切に保管している。書類の内容も、摩耶のことも、戦争のこともよく分からないが、義父も実父も戦争に関わった世代。戦争を繰り返さないためにも、この文書を保管していくという。

きょう8日は、太平洋戦争開戦の日だ。

【写真説明】文書を手にする小山琴さん=房日新聞社で

19年12月7日 1,018

各ページに掲載の記事・写真・図表など無断転載を禁じます。著作権は房日新聞社または情報提供者に属します。

Copyright (C) 2007 Bonichi. All Rights Reserved