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富崎地区の昨年9月17日の空撮(写真提供・海上自衛隊第21航空群)

残る爪痕、被災家屋の復旧続く

昨年のきょう9月9日未明、房総半島で台風15号が猛威をふるった。安房地域では、ほぼ全域が停電し、館山市で最大瞬間風速48・8b、鋸南町で1時間の最大降水量70_を観測。その後、4市町で発行された罹災(りさい)証明の発行数は全世帯の3割に当たる約2万件に上った。現在もブルーシートの屋根が散見される中、あの日から1年。特に被害の大きかった館山市の富崎地区を訪れた。

教訓は「実態把握と情報の共有」

「全く損傷がなかったという家は、何軒もない」と語るのは、富崎地区連合区長会長を務める嶋田政雄さん(76)。「前日の8日は午前中、晴れ間も見えていたし、そこまで天気予報も当てにしておらず、まさに寝耳に水だった」とその夜を振り返る。

夜間に突如始まった強烈な風で、玄関の雨戸が1枚飛び、飛来物で窓ガラスが割れた。残った雨戸で割れた窓を防ぎ、もう一方のガラスを中から体で押さえた。ようやく風が収まった朝、外へ出ると見たこともない景色が広がっていた。

「500b以上遠くにあった風力発電の大きなプロペラが、家の近くに突き刺さっていました。2階が丸ごと吹き飛んだ家も。夜だったというのが不幸中の幸いで、外を出歩く人がいれば死者が出ていたことでしょう」。布良ではいくつも竜巻が上がったという説が濃厚だ。

富崎地区の今年9月2日の空撮(写真提供・館山市の沖浩志さん)

自身も屋根が全面的に被災したが、即座に始まったのが、地域外から集まるボランティアの受け入れ。平時は移住促進を担うNPO法人おせっ会と連携して富崎公民館に本部を設け、区長を中心に家屋の被害状況を一軒ずつ確認。地図にピンを打って、次々とボランティアを送り込む運営体制を整えた。

一連の復旧対応を経て、「災害時に大切なのは、いかに正確に実態を把握して、情報を共有するかに尽きる」と語気を強める。この点、富崎地区では地域住民とボランティアを仲立ちする形で、区長会とNPOが連携したことで復旧活動が迅速に進められたといえる。

他方で、不測の事態も次々と起きた。特に困ったのは、災害ごみの置き場で、「一つ決まればすぐいっぱいになり、全然場所が足りない。仮で置いた場所にごみが集中するが、そこはダメだから別の場所に」と、管轄する機関や許可の問題で収拾がつかなかったという。「万が一に備えて、準備をすべき」と教訓も諭す。

1年を経て、ブルーシートの屋根が減ってきた反面、土地を離れざるを得ない住民も多く見てきた。全体で2〜3割ほどの人が、家を解体するなどして市街地や地域外に移り住む選択をしたという。

修理した自宅屋根を案内する嶋田さん

「98歳のこの土地の歴史を良く知るばあさんが、家を解体する決意をしたときは、悲しかったですね。どんなに寂しい思いをしたことかと。しかし、これからも何が起きるか分からない。誰も止めることはできない」

台風シーズンに入り、さらに今年は新型コロナウイルスの対策が必須となる中、災害が起きたときの避難所の運営など不安も尽きない。「同じような台風が来てしまったら、もうお手上げというしかない」と苦笑いも見せつつ、「これまでみんなで復旧を頑張ってきたように、少しでも対策を行って、前向きに生きるしかない」と遠くを見つめた。

掲載した写真は、昨年9月17日と今年9月2日の空撮の比較。撮影の高度、角度は違えど、ブルーシートの数は大幅に減っているのが分かる。

現在は、台風被害を受けて傷んだ家屋や老朽化している家屋に対して、「壊すなら壊す」「使うなら修理する」の二者択一で、できるだけ早い対処をお願いしているという。

【写真説明】富崎地区の昨年9月17日の空撮(写真提供・海上自衛隊第21航空群)

【写真説明】富崎地区の今年9月2日の空撮(写真提供・館山市の沖浩志さん)

【写真説明】修理した自宅屋根を案内する嶋田さん

9月8日20時00分 1,452

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