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鋸山概論を語る笹生学芸員=鋸南

房州低名山の代表格、鋸山(標高329・5b)の魅力を紹介する案内人を育てようと「鋸山ガイド養成講座」が、15日から始まった。初回の講師は鋸南町の笹生浩樹学芸員で、「鋸山概論〜鋸山の成り立ちから日本寺の歴史〜」を演題に講義。23人の参加者が意欲的に学んだ。

自然と歴史の宝庫、鋸山の文化、魅力を発信しようと同町中央公民館と町地域振興課の共催で企画。全4回の座学と実地研修3回が予定されている。公式ガイドの養成講座は、平成19年以来2回目という。

初回の講義では、笹生学芸員が鋸山や日本寺の歴史を解説。褶曲(しゅうきょく)で生まれた特徴的な姿から「鋸山」と名称が文献に登場するのは、文明18年(1486)。日本寺と密接な関わりがあり、聖武天皇の光明皇后にまつわる開創(725年)の逸話を紹介した。

寺は当初山麓の寺畑にあったが、安永3年(1774)、現在の南房総市本織出身の高雅愚伝住職が現在地へ移転。6年後に羅漢像建立を発願し、現在の木更津市の石工、大野甚五郎英令が制作。寛政10年(1798)に没する直前まで、生涯をかけて1200体の羅漢像と100体の観音像を彫り上げた。

この羅漢像が江戸の旅ブームで人気となり、日本寺は「保田の羅漢寺」で定着。笹生学芸員は、「羅漢像は高雅住職の観光戦略でもあったのでは」と自説も展開した。安房の三名工の1人、武田石翁が残した十二神将像や昭和44年に復元された大仏に秘められたエピソードも紹介して、参加者らを驚かせた。

館山市から参加した満井文男さん(67)は、「これまで10回近く登ってきた鋸山だが、歴史を深掘りしたことはなかった。とても面白く次回も楽しみ」。鋸南町の白坂徳彦さん(62)は、「地元の元名がこれほど鋸山と関係が深かったことを誇らしく思いました。自分の健康維持も含めてガイドで活動したい」と意欲を見せていた。

次回は22日午後7時から、同公民館で。「鋸山あれこれ〜鋸山ハイクの魅力〜」がテーマ。

【写真説明】鋸山概論を語る笹生学芸員=鋸南

10月19日20時00分 623

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